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元気で楽しいまちづくりネットワーク「元気・まちネット」

元気まちネットの取り組みapproach

次の3項目を基軸に活動を展開しています。

  1. スポーツ・イベントによる地域活性化
  2. 観光(歴史・文化、人物)による地域活性化
  3. 啓発活動(シンポジウム、勉強会など)による地域活性化

最上川・街道・三賢者(山形県)

最上川・街道・三賢者

 2006年5月、山形大学のコンペ「山形大学が地球を救う/人間と自然の共生プロジェクト」に応募したことから、元気・まちネットでの山形を元気にする取組みが始まりました。
 地域のもつ様々な“財産”を掘り起こし、自立・持続可能な観光事業をとおして、地方の人たちをもっと元気にしたい、私たち「元気・まちネット」は、地域をつなぎ、それぞれの地域の魅力を全国へ発信していく存在、地域の情報交換と連携活動を活性化するファシリテーター(促進役)として社会に貢献したいと考えています。
 コンペには落選しましたが、これをきっかけに、実際に自らの足で三賢者の道を辿り「踏査・検証」することから、山形での元気・まちネットの活動がスタートしました。
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イザベラ・バードの山形路(山形県)

イザベラ・バードの山形路

 今から約130年前、明治のはじめに、外国人それも女性が一人で旅することなど考えられなかった時代に東京から日光〜会津〜新潟を抜け北海道まで1,900kmに及ぶ道のりを、約3ヶ月かけて旅をした英国人女性旅行家がいます。
 彼女の名前はイザベラ・ルーシー・バード。彼女は自身の著書『日本奥地紀行』の中で、山形を「微笑みかけているような実り豊かな地」「自立した東洋のアルカディア」と表現しました。
 今なお当時の面影を色濃く残す“やまがた”。バードに思いを馳せながら、彼女が辿った夢と冒険に充ち満ちた道”アルカディア街道”(山形路約200km)を辿ることによって貴重な地域資源を見つめなおしたいと考えています。
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2011年5月、イザベラ・バードに関する活動を通じて山形の魅力を再発見し、みんなで元気なふるさとを創ることを目的に「アルカディア街道I・B倶楽部」が設立されました。


清河八郎:回天の道(山形県庄内町)

清河八郎:回天の道

 「明治維新の扉は清河八郎が開け、坂本竜馬が閉じた」と作家 司馬遼太郎氏は評しています。
 清河八郎が生まれた山形(庄内)は当時どんな姿だったのか、何故江戸に向かわなければならなかったのか・・・。「元気・まちネット」では、清河八郎が18歳のとき清川村を出奔し、清川から羽黒山麓を巻き六十里越街道から寒河江、山形を抜け上山まで至る街道(約180km)を“回天の道”と位置付け、完全踏査・検証しました。
 地元の皆さんの協力により、“回天の道”は古道として復活、文学散歩の旅やアドベンチャーランの実施など、具体的な動きもでてきています。
 明治維新の魁となった風雲児「清河八郎」について学び、様々な視点から考察し再評価すると共に、ふる里のさらなる魅力を引き出していきたいと考えています。
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旧白洲山荘「ヒュッテ・ヤレン」保存計画(山形県蔵王温泉)

旧白洲山荘「ヒュッテ・ヤレン」保存計画

故白洲次郎氏は、終戦直後、吉田茂の片腕として連合国最高司令官総司令部と渡り合い「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれたことはあまりにも有名です。経産省(旧通産省)を創設後、昭和26年東北電力会長に就任、蔵王スキー場を「東洋のサンモリッツ」にしようと自ら蔵王に山荘「ヒュッテ・ヤレン(現三宅山荘)」を建てました。61年前に既にオール電化、オープンキッチン、天然冷蔵庫、3重の窓など、ヨーロッパの山荘を彷彿とさせる造りになっています。
この山荘を、蔵王いや山形県の歴史的・文化的遺産として保存・活用できるよう現オーナーの快諾を得て、旧白洲山荘(現三宅山荘)の保存・活用に向けての活動を開始しました。2011年には専門家による建物調査を行ない、現在募金活動を展開しています。
町田市(東京)には白洲次郎・正子夫妻が晩年を過ごした旧白洲邸「武相荘」があります。
Link詳細はこちら→旧白洲次郎山荘(ヒュッテ・ヤレン)保存・活用の会


志田周子(しだちかこ)(山形県西川町)

志田周子(しだちかこ)ホームページ

 雪深い山形県の無医村のふるさとで僻地医療に一生を捧げた女医がいた。その名は志田周子(ちかこ)と言う。
 明治 43年(1910年)に山形県の寒村に生まれた志田周子は学業成績は抜群で小学校を卒業した後の大正13年(1924)、県立山形第一高等女学校(現山形西高)に入学、周子は女子高等師範に入る希望を持っていたが、父の喜ぶ道をとろうと決心し、東京女子医専(現東京女子医大)へ進学し、父の志を継ぎ辺地医療に献身することに・・・。
 母親の死による弟たちの母親代わり、村民の大きな期待・・・独身を通し、幾多の困難を乗り越えながら村(地域)のために生涯を捧げたひとりの女性の生き様は、時を経ても、現代に生きる私たちの心に訴えてくるものがあります。また、社会的な公人としての活躍の合間に見せる一個人―人間「周子」の表情も魅力的な輝きを放ちます。
 周子の地元山形県西川町では周子の生誕100年を記念してその「女医志田周子」の生き方を宝として捉え直し、映画化を行うことによって、後世に伝えていくとともに、地域や町、ひいては山形県の活性化に役立てていこうという動きが始まりました。
 NPO元気・まちネットは志田周子の生き方に惹かれ、映画化への応援を買って出ることになりました。
一日でも早く映画化に踏み切れるよう、東京から全国に志田周子を情報発信していきたいと思っています。
Link詳細はこちら→志田周子(しだちかこ)ホームページ


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