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山形を歩こう!出羽の国古代浪漫紀行『最上川・街道・三賢者』~女性旅行家イザベラバードの足跡をたどる~(2008/5/6) |
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山形を歩こう!
出羽の国古代浪漫紀行『最上川・街道・三賢者』
~女性旅行家イザベラバードの足跡をたどる~ |
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いよいよ商品企画として出羽の国古代浪漫紀行「最上川・街道・三賢者」の旅が実現します。第一弾は「イザベラ・バードの足跡を辿る」旅、5月、7月、9月の三回シリーズで開催します。
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1878年7月(明治11年)・・・たいそう暑かったが快い夏の日であった。会津の雪の連峰も、日光に輝いていると冷たくは見えなかった。米沢平野は、南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い赤湯があり、まったくエデンの園である。「鍬で耕したというより鉛筆で描いたように美しい。米、綿、とうもろこし、タバコ、麻、藍、大豆、茄子、水瓜、きゅうり、柿、ざくろを豊富に栽培している。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカデヤ(桃源郷)である。自力で栄えるこの豊沃な大地は、すべてそれらを耕作している人々の所有しているところのものである。彼らは、葡萄、いちじく、ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている。これは圧政に苦しむアジアでは珍しい現象である。それでもやはり大黒が主神となっており、物質的利益が彼らの唯一の願いの対象になっている。美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅力的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く、松川(最上川)に灌漑されている。どこを見わたしても豊かで美しい農村である。
・・・会津から米沢に入ったイギリスの女性探検家イザベラ・バードは、山形県米沢に入り、このように「日本奥地紀行」にしたためています。そして赤湯、上山、尾花沢、新庄、金山を通過して秋田県の院内へ・・・
130年前に彼女が辿った道を踏みしめ、自然の恵みや歴史・文化に触れながら人々との交流を楽しんでいただきたいと思っています。
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